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安部公房『カンガルー・ノート』 

2007年09月04日 ()
図書館で借りてきて、ちびりちびりと読んでいた安部公房『カンガルー・ノート』を読み終わりました。

以前『砂の女』は読んだのですが、2作品読んでみて、ようやくこの作者の個性が見えてきました。

安部公房の作品の根幹を成しているのは、「夢」をどう小説で表現するかということなのかということではないかと思います。特に、悪夢。

今回読んだ『カンガルー・ノート』は正に悪夢の話。膝からカイワレ大根が生えてきた男の悪夢的な冒険を、淡々とした低い温度で描きます。悪夢の怖さというのは、意識の連続性が排除され、今作にも登場する自走式のベッドのように客観的な視点で走り続けるというような怖さです。

こういう怖さを、小説で表現したのが砂の女であり、カンガルー・ノート。カンガルー・ノートは、安部公房という大作家の生前最後の作品であり、自らの死への恐怖を、もしかしたら実際に見た悪夢を、そのまま描いたかのようなリアルさで表現します。

と、頑張って表現しようとしましたが、この作品を表現するのは本当に難しいです。はっきりとした筋というものは無いし、メッセージ性も見えてきません。何か音楽を聴き終わったような、漠然とした余韻と不安感だけが残りました。呪われた文章、と言われれば納得してしまいそうな、不気味さも兼ね備えた名作。

僕も、たまに見る悪夢の世界観があまりに面白くて、キーワードにして記録したことがありますが、それを文章にするのはきっと無理でしょう。安部公房という作家は、自分の見た悪夢を圧倒的な筆力で完全な形で読者に伝えられる作家なのでしょう。砂の女も、荒唐無稽な話だと思ったのですが、その着想は「悪夢」にあったのだと、この作品を読んで納得することができました。もう一回読んでみようかな。


カンガルー・ノート (新潮文庫)
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[2007.09.04(Tue) 21:38] Trackback(0) | Comments(0)
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